倉渕への道 |
倉渕への道は曲がりくねっている 北側には低い山が連なり 南側には川が流れているらしく水音がする なだらかに山へと向かう野に時折小道が通じていて 灌木のあいだに点々と花が咲いている 遠くから見ると目立たぬ花々だが 近く寄って摘もうとすればみなこまやかに美しい 倉渕への道の途中で女と花を摘んで束ねた 知っている花の名は僅かだった もろもろの観念の名は数多く知っているのに 六十年前に父が建てた小さな家に花を持ち帰り 針金で繕ってある白磁の壺にいけた 死後にこの日のことを思い出せるといい 言葉をすべて忘れ果てたのちに |
谷川俊太郎『世間知ラズ』より |
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