第6章 京の彦九郎
 
 彦九郎は何度か上京しています。最初は、宝暦14年(1764)18歳のころ置手紙を残し、京で学んでいます。

 次は安永3〜4年(1774〜75)の「
甲午春旅」・「乙未の春旅」の時で、次いで36〜37歳の時の天明2・3年(1782・83)の「天明京都日記」・「京日記」・「天明下向日記」があります。その直後の天明3年10月からの「再京日記」があります。

 そして最後の京の旅となった44〜45歳の時の「
寛政京都日記」が残されています。彦九郎は5回上京したことになりますが、滞在は短くて1カ月、長い時は2〜3年程にもなっています。

 京では禁裏と公家家敷南の堺町御門から南下し、堺町通りに面した
大村彦太郎宅や下宿ともいえる堺町通り竹屋町を下る処、夷川は上る処の東側近江屋半兵衛宅裏の僑居、また高芙蓉宅、公家の岩倉具選宅に寄寓しながら公家・藩士・儒学者などと大学建設、尊号問題などをめぐり交流しています。
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