■高山彦九郎記念館データファイルNo.7

 「高山彦九郎研究会会報」第1号(平成9年6月20日発行)に掲載されたものです。


「高山彦九郎研究がめざすもの」

                                     高山彦九郎研究会副会長 正田喜久
                                     
(現在、研究会会長・元太田市教育委員会教育長)

 最近刊行された『戦後教科書から消された人々』(濤川栄太著 ごま書房)の中で、二宮尊徳、楠木正成、児島高徳、林子平、東郷平八郎と並んで高山彦九郎の名がある。とりわけ、時代の波に左右されて、一面のみが誇張され利用された人物のうち高山彦九郎はその筆頭である。終戦までの高山彦九郎は、軍国主義者によって超国家主義者として国民の戦意昂揚の道具に利用された。また戦後は、反天皇制の立場から、勤王の志を称揚した人物は抹殺すべきだと考える人々、高山彦九郎は狂信的な尊王思想家だとして全く無視する人々、また、いわゆる「食わず嫌い」で、精細な実証による研究もしないで高山彦九郎を評したり、誤った認識しか持たずに事実を歪曲したり、その事績を意図的に低く見ている人々もいる。

 また、現在の高校教科書にも欄外に、「寛政時代の高山彦九郎は尊王思想を説いて全国をめぐり、蒲生君平や頼山陽も著述をとおして尊王論を説いた」と記述されているのはよい方で、大部分は名前さえあげていない。

 今の学生に、「尊敬する人物はだれか」と質問すると、異口同音に「両親」と答えるという。立派な両親を尊敬することは、大変よいことであるが、それに続いて社会や人々のために貢献した歴史上の人物をあげる位の気構えがほしいと思う。それが出来ないのは、戦後の歴史教育に人物史が重視されなかったことと、否定史観や自虐史観による教育が行われたことの影響が多分にある。そして、これら歴史上の人物を教えなくなってから、日本人の美徳である正直・親孝行・勤勉・忍耐・兄弟愛・郷土愛・愛国心・師弟愛・質素倹約・和の精神といった徳目も失われてしまい、利他性や犠牲心が欠落した若者を増加させてしまった。

 一方、平成8年6月に国の第15期中央教育審議会は、21世紀を展望した教育の在り方について報告をまとめたが、その中で「生きる力」の育成と「ゆとり」の確保を今後の教育の基本方向として位置づけた。この「生きる力」の育成で大切なことは、今後物質的幸福の追求以上に精神的幸福の追求を重視し、自らの幸福追求と同時に他者や共同体への貢献意識を育成し、よりよい日本人となる教育を施すことである。ここに、歴史上の人物を教材として取り上げる今日的価値がある。

 高山彦九郎も、『墓前日記』の天明7年6月27日の記事で、「人傑の出づるは地霊による、懸かる人傑の此地より出デたるに此地の者共思ひも出でぬといふ事やある、思ひも出でざるものならば、地の神霊悲ミ玉ふて労して人傑を出だしたるに、郷里の者ノだも思ハず、我が功労も空しと思ひ玉ふべし、」と記し、郷土と郷土の偉人を大切にすることを説いている。

 我々は、単に「わが郷土の偉人」の顕彰をするだけでなく、偉人をとおして日本人の美徳をも後世の人々に伝える責めを果たすべきである。そのためには、先人の研究を踏まえながら正確な資料を基に根本的な見直しを行い、実証的科学的な態度で人物を調べ、評価することが大切である。高山彦九郎も、『高山彦九郎日記』を中心に、多角的に人間高山彦九郎像を浮きぼりにする努力が必要である。今後の具体的な研究項目としては、高山彦九郎の学問と思想の形成過程、伝統的尊王論と高山彦九郎の思想、旅の目的と旅で得たもの、義僕・節婦・孝子の往訪や事蹟調査の意義、多くの知己との人間的交流、九州における高山彦九郎の言動、高山彦九郎の思想と幕末の尊王攘夷派志士への影響、明治政府の高山彦九郎評価、「三奇人」の名称とその意義等、これからの研究課題は数多くある。

 こうした高山彦九郎研究のめざす方向にとって、「高山彦九郎記念館の建設」と、このたびの「高山彦九郎研究会の結成」は計り知れない大きな意義があり、その果たすべき役割は大きく、今後の活躍がまたれるところである。

 

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