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正真正銘の当地生まれ。カボチャです。 左から、ピアノ、ギター、ドラムス、テナーサックス、ベース。
昨年の今ごろ、道端の店で面白い形をしたカボチャを ▼
歩いていて大きな栗の木が見えるとすると、 考えることはひとつ。 その下でさっそく拾い集めますね、刺が痛いのを我慢して なるべく大きい実が入っているのを。 栗のいがを造形物として見てみると、これはなかなか 複雑に出来ています。しかし緑は見る見る変化して 茶色になり、急速に新鮮な野生の力を失っていきます。 1998-2001年9月28日。 ▼
農家の人たちは花が好きですね。 家周りはもちろんのこと、山の上の畑の周辺にも 植えています。その花々は季節の移り変わりに応じて 咲く時期が受け継がれていき、途切れることがありません。 しかもその多くは華美な自己主張の強い花ではなく、 さりげなく咲く、野草に近い花です。 1998-2001年9月29日。 ▼
今年はたびたび豪雨に見舞われましたが お米は実りの輝きを失っていませんでした。 ここは山間部で、広く無限に続くような田圃はありませんが 稲作は主要な農産物のようです。 ちなみに地元ブランドのひとつは「ゴロピカリ」。 雷の多さを逆手にとったネーミングでしょうか。 1998-2001年9月30日。 ▼
Discovering:A River Runs Through It. 片品川の渓流沿いにはいくつか遊歩道があります。 天気の良い日には歩いてみるものです。 渓流釣りのポイントを見つけるか、あるいは スケッチや写真の対象としてイメージハンティングするか 人により、また時々の興味の持ち方によりけりですが 耳には水のざわめき、目には緑、全身にフィトンチット。 1998-2001年10月1日。 ▼
どんぐりは遊びの対象としてはすっかり見捨てられたようです。 可哀相ですね。愛嬌のあるヤツなのに。 子供の手にぴったりの大きさ、ちょっと頑なな表皮 おかしな帽子を被ってたり… 子供も大人も、子供の心を持った大人も、 どんぐりに投げかける感情を、もう持ってないのですか。 1998-2001年10月2日。 ▼
すすきが喚起するイメージは何か。 月、しかも満月、そして三角形に積まれた団子。 まあ、それはそれとして。私の場合、最初に来るのは 滅びのイメージ。例えば琵琶法師が語る平家物語。それは壇ノ浦 という海、具体的な場所ではなく、観念としての滅びです。 夏より秋、太陽より月というような背景に映える ネガティブな輝き、美しさのせいかもしれません。 |