昔ながらの田園風景、家のすぐそばを通る清らかな川の流れ、そして目の前に迫ってくるかのような山々。倉渕では、自然の風景たちが見せる季節ごとに違った表情を身近に感じながら人々が暮らしている。忙しく過ぎていく日常をぬけて、ちょっと一休みのつもりで倉渕に来ると、まるで時が止まっているかのように感じることがある。それは自然の恵みをそのまま感じ、ほんのひと時でも日常を忘れることができるからかもしれない。スローライフという言葉がよく似合う場所だ。
そんな風にゆっくり時間が流れる倉渕で、日々創作活動に精を出しているある陶芸家がいます。からす窯の早川明利さんです。
早川さんは、愛知県瀬戸市の出身です。ご存知のように瀬戸といえばやきもので有名で、近所にも陶芸工房はあったそうですが、そこで陶芸を始めることはありませんでした。その後様々な仕事を経て、2001年に岩手にいた頃から独学でやきもののことを学び始め、農業と陶芸の生活を始めたのです。しかし、岩手での農業生活は低温で作物が安定的に収穫できないなど、気候的になかなかうまくいかなかったそうです。
そこで岩手での生活に見切りをつけ、2003年に岩手から倉渕に引っ越してきて、現在のからす窯を構えました。からす窯の名前の由来は、家の前を流れる「烏(からす)川」からとったそうです。倉渕に引っ越してきたのは、以前観光で倉渕の温泉に来たことがあり、そのときの印象が良かったため、いつか住んでみたかったのだそうです。また、近所の農家から畑や田んぼの一部を借り、農作物を育てることができるのも魅力的だったといいます。 現在は奥さんと二人で、自分たちで食べる分の野菜を作ったり、よりよい作品を作り出すために試行錯誤を繰り返したりの生活を送っており、とても充実しているといいます。住んでみてますます倉渕が気にいっているようです。確かに倉渕の自然とゆったりした時間の流れは、芸術活動に力強さを与えてくれる気がします。
やきものを作るうえで基本となるのは粘土です。簡単に作り方の流れをいうと、粘土を集め、それをこねて、形を整え、乾燥させ、素焼きをし、釉薬をぬり、焼くという工程を経て一つの作品になります。しかし同じ粘土でも、焼く温度や釉薬、また焼く時間や、配合などによって出来上がりが全く違う作品になるといいます。色が思ったとおりにでなかったり、割れてしまったりということが、本当に微妙な違いで結果として現れるのです。素人に難しいのは当たり前ですが、プロである早川さん自身も、何度も失敗しながら、オリジナルの作品を生み出そうとしているのです。工房には割れた試作品がいくつも残っており、試行錯誤の跡がうかがえました。そんな風にして、一つひとつの作品が出来上がっていきます。早川さんを訪ねたときに、出していただいたコーヒーカップも手作りだったのをみて、自分で作ったものでお客さんをもてなすというのも素敵なことだと思いました。
倉渕が気に入った早川さんは、何とか倉渕で取れた素材を使ってオリジナルの作品を生み出したいと考えています。そのため現在も、焼くときに倉渕の炭を使ったり、やきものの素材となる粘土を求め山や川を歩き回ったりと、試行錯誤を繰り返しています。どうにか使えそうな粘土が見つかると、試作品を何度も何度も作ってみるのですが、現在のところ見つけた倉渕の粘土は砂が多く、粘り気が足りないため、すぐ割れてしまうのだそうです。それでも早川さんには、ぜひいつか倉渕で取れた材料で、オリジナルのやきものを作って欲しいと思います。また、現在からす窯の隣に空き家になっているところがあるのですが、いずれはそこを利用して地元の人向けに陶芸を体験してもらえるスペースや、作品を展示するスペースにすることも考えているそうです。作品の展示会などを通して多くに人に作品を知ってもらう機会を増やしていきたいということです。