れいてき修行法とは?

このところ世間では「修行」という言葉のイメージがとても悪いようです。「修行!、修行!」と言いながら、なにやらおかしげなことをしている人もいるようです。

実際のところ、修行とは何なのでしょうか?

ここでは、霊的修行法について説明します。霊的というからには、霊的なことを前提としています。

人は、肉体のみではありません。物質とは別の身体があるのです。

それを霊的身体と呼んでいます。 その霊的身体の幽体というものは、肉体とダブっています。今仮に、手を上にあげたとします。そのとき幽体の手も一緒に動いているのです。

この幽体が肉体から完全に離れてしまった時が、いわゆる「死」というものです。

しかし、「死」といっても、全てが無くなる訳ではありません。単に肉体の活動が終わっただけで、幽体はそのまま活動し続けます。

今まで肉体が、自分自身の表現体であったものが、幽体に移ったと考えればわかりやすいでしょう。

霊的身体には霊体というものも存在しますが、話しが難しくなってしまうので、ここでは幽体を主として話しを進めます。

霊的修行法とは、この幽体を変化させようとするものです。

地上に生まれて来た人間の幽体というものは、非常に未熟といえます。

本来は肉体と同様に、年齢を重ねるごとに成長してゆくことが望ましいのですが、現実はそうではないようです。

ですから、「霊的修行法」という言葉に抵抗があるなら、幽体の「強化訓練」でもいいし、「発達させる技術」でも構いません。

この霊的修行法は全ての人に必要なことといえます。

それは、霊魂の存在を信じようと、信じまいと関係なく幽体があるし、それぞれに今回はじめて生まれたのではなく、何度も再生してきているからです。

確実に効果のある霊的修行法をこなした人意外は、幽体の完全な人などいないと思ってもいいほどです。

修行法というものは、霊魂との協力のうえに成り立っています。しかし、人にはそれぞれ自由があり、霊魂にも自由があります。

「霊魂なんかに、協力して欲しいとは思わない」と考えている人には、霊魂は何もしないだろうし、あまり関係のないことです。

そのような人は、自らの道を歩んで頂くしかありません。

大切なことは、より進歩した霊魂の協力を得て、はじめて霊的修行法となりうるのです。

そして、その修行法により、自分の霊的な部分を変化、向上させるこが本来の目的です。


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