他者からの念

「あなたの幽体は大丈夫!?」で人に恨まれると、その念が幽体に損傷を与えると言いましたが、それではどう対処すれば良いのでしょうか?

人の想いには、力があります。

それは単に「悪口を言ったから、相手の心が傷ついた」ということではありません。

ほとんどの人は自分の意識や念の力など、まるで考えることもなく生活しています。まして自分の霊的な向上など全く興味がありません。

そのため恨みや怒りの念は、かなり低くなってしまうのが現状です。

たとえ自分に悪意などがなく、言葉に出さなくても、思った瞬間に相手の幽体に突き刺ささってしまいます。

本人も相手もほとんど気がつきません。それは、幽質という霊的なものだからです。

しかし、確実に幽体を傷つけてしまいます。

肉体と幽体というものは、ダブっています。幽体の不調が肉体の現れる可能性があります。

実は、これが「呪い」の正体なのです。

例えば、「あいつが憎らしいから、呪ってやる」と考えたとします。

目の前にいつも相手がいて、常に一緒にいるのなら、何らかの影響もあるかもしれませんが、確実に相手に届かないと効力はありません。

しかし困ったことに、その低い念をわざわざ運んでくれる、おせっかいな霊魂がいます。

そうなると力を持ってしまいます。

誰でも、呪ってやりたいような人はいると思います。

しかし、自分が地獄というような低い世界に入る覚悟がなければ、興味を持たないことです。霊的世界はそんなに甘くありません。

人が社会という中で生活していくためには、どうしても他者からの念を受けてしまいます。

なるべくなら人から恨まれることのないようにしたいものですが、こればかりは仕方のないことだと思います。

それは人が生きるということ自体が、いつも何らかの犠牲で成り立っているからです。社会の仕組みがどうこう言うよりも、その根本が肉体にあります。

肉体を維持していくためには、食物を取らねばなりません。

一生食べて行けるだけの保証がどこにもない以上、自分が生き長らえるためには、人一倍欲をかかないと生きられないからです。

また、世の中には様々な人がいます。

良くも悪くも、考えや意見は人それぞれに違うものです。自分が正しいと思っていても、必ずしも相手に歓迎されるとは限りません。

人が生きるということは他者と関わりを持つことですから、幽体が傷ついて当然と言えます。

しかし霊的な法則というのは、人間にとってあまりにも残酷です。

それは、自分の幽体の状態で死後生活する場所が決まってしまうからです。

ほんの数十年、地上で生活しただけで、いつのまにか幽体はボロボロ。幽体には肉体のような自然治癒力などありません。

幽体で生活する方が比べものにならないほど長いというのに、下の方からの出発になってしまいます。

これでは、あまりにも悲惨です。

人は肉体という足かせがある以上、どんなに善人ヅラをして立派な言葉を並べてみても、必ず肉体に振りまわされてしまいます。

そこで、今のうちから幽体を強化することです。神伝と呼ばれる霊的修行法というものが、「救いの法」といわれる由縁でもあります。

霊的修行法により、幽体にパワーをつけます。多少の念など、常に跳ねつけられるくらいになってしまうことです。

仮に攻撃的な念で損傷しても、霊的修行法により幽体の修復ができます。これは、あくまで霊魂の協力があってこそ可能といえます。

 

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