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清算型包括遺贈について  1999.11.13 群馬青年司法書士協議会 桐生セミナーでの報告に基づくものです。

1 事案の論点・問題点

清算型包括遺贈の場合、遺言者の死亡によって所有権は一端法定相続人に帰属するのか。

2 事案の概要

(1)遺言の内容  (平成 6年 甲野花子 公正証書により遺言)

「不動産・動産・その他財産をすべて現金に換価した上これを後記の者に相続させまたは遺贈する」
   (清算型包括遺贈)
   @  不動産売却  
   A  葬儀代等差し引いた後、現金100万円を甲山寺へ遺贈
   B  Aの残金の内50% 甲野一郎(兄)
   C  Aの残金の内30% 従姉妹 D 
   D  Aの残金の内20% E(従姉妹の子)
   E  遺言執行者 F

(2)相続財産   居住用の土地建物各1筆  評価合計10,000,000円

(3)相続関係
       被相続人   甲野花子(平成9年 死亡) 
       法定相続人 1.兄 甲野一郎    
                2.母を異にする兄弟 乙野太郎 
               (ただし乙野太郎は平成10年死亡につき、その相続人 乙野次郎)
   相続関係図
          A     ┌ 相 甲野一郎
          ├───┤
          B     └ 被 甲野花子(平成9年 死亡)
          ├────── 乙野太郎────── 相 乙野次郎
          C          (平成10年死亡) 
                      

3 参考先例

遺言内容 障害 ステップ1 ステップ2 ステップ3 参考先例等
不動産売却後代金遺贈 売買 相続登記
(法定相続人の関与)
売買登記 売買代金
の分配
「遺言執行者は不動産を売却してその代金中より負債を支払い残額を受遺者に分配する」とある遺言状に基づき、遺言執行者が不動産を売却して買主名義に所有権移転の登記を申請する場合には、その前提として相続による所有権移転の登記を要する。昭45.10.5、民事甲第4,160号民事局長回答・先例集追X261頁、登研276号61頁〔解説277号74頁〕、月報26巻1号594頁
未登記建物を遺贈 建物未登記 相続保存登記
(被相続人の関与)
遺贈登記 要旨 遺贈による所有権移転登記の前提として、台帳上の被相続人名義に所有権保存登記をすることが出来る。昭34.9.21民甲第2071号民事局長通達
一定面積の土地を遺贈

物件の特定

分筆登記未了

分筆登記 遺贈登記 土地数筆の内一定面積を遺贈する旨の遺言があった場合、遺言執行者がする土地の分筆の申請及び受遺者のための所有権移転登記申請は受理できる。昭45.5.30、民事三発第435号民事局長回答・先例集追X242頁、登研272号62頁〔解説付〕、月報25巻8号252頁
農地を遺贈 農地法 農地法の許可 遺贈登記 権利を直ちに受遺者へ移転出来ない時(農地法の許可が必要な時)は、許可があってはじめて権利移転の効力が生ずる。
(最判昭30.9.9民集9.10.1228 最判昭30.9.13民集9.10.1262)
許可書の添付必要(昭52.12.27民三第6,278号民事局第三課長回答)
遺贈の原因日は許可の日(登記研究160号46頁)

論点に関連する先例として、上記表1の先例、昭45年の民事局長回答があります。
この先例の内容は、

「遺言執行者は不動産を売却してその代金中より負債を支払い残額を受遺者に分配する。」とある遺言状に基づき、遺言執行者が不動産を売却して買主名義に所有権移転の登記を申請する場合には、その前提として相続による所有権移転の登記を要する。

とするものです。
今回の遺贈を執行するには、その前提に前提に当然売買をおこないますからその登記が必要となりますが、この先例によりますと、その売買登記の前提に、さらに法定相続の登記が必要とされています。
この先例を検討するにあたり、まずこの事例に類似した事例と、それに対する先例を上記表に3つあげてみました。
どれも類似点として遺言執行するのに登記手続き上障害(障害といっていいのかわかりませんが…)があるという点です。

上記表2をご覧ください。
未登記建物を遺贈する場合、遺贈登記をする前提に建物の表示・保存登記が必要になりますが、「建物登記をしていない」という事が遺言執行の障害になります。先例では、死亡した遺言者名義で保存登記をして、その後遺贈登記をするとされています。

上記表3をご覧ください。
土地数筆の内一定面積を遺贈する旨の遺贈があった場合、この遺贈が実現出来るためには、目的物の特定が必要になりますので「面積の特定」が遺言執行の障害になります。先例はその特定と、分筆登記を遺言執行者が出来るとしたものです。
上記表4をご覧ください。
農地を遺贈した場合は農地法の許可が必要になりますが、つまり「農地法」が遺言執行の障害になります。先例では遺言執行者がその許可申請をしていく事になります。

これらの3つの先例は、遺言執行の前提の処理をするのに、遺言執行者が、被相続人の 遺言執行者 として直接登記や農地法の手続をします。

表1は今回の事例ですが、遺言執行の障害となっているのは売買です。他の事例は、法定相続登記をしてから障害の解決をせよとしていないのに、この事例だけが、それを要求しています。一見同じような前提条件がある遺贈なのに登記手続にかなり開きがあります。

4自分の判断

この事例の先例の基礎にある考えを調べますと中間省略登記の禁止の様です。

この先例の要旨だけかいつまんで述べますと、
まず、遺言執行者は総財産を当然売却出来るとした上で、次の様に述べています。
「総財産を売却して代金を分配する」という遺贈は包括遺贈(大判昭5.6.16民集9.550参照)であるが、包括遺贈の場合、受遺者は、遺贈者の権利義務を包括的に当然承継する事になる。しかし、財産を売却して分配する場合、不動産の所有権は、相続人が相続によって取得すると同時に、受遺者に対しては、金銭債務の支払いをすべき義務を負担していると解せざるを得ない。

として、売却の日までは、相続財産の所有権は相続人に帰属していたと言わざるを得ない。としています。

いったん相続人に帰属して、その後売買がなされたと解釈するわけですから、直接売買登記をする事は、いわゆる中間省略登記になってしまう。だから、相続登記が必要である。となってしまいます。

これに対して、民事法事情133号で民事局付検事は次の様に批判しています。
包括遺贈の場合、一体として行われている遺言の執行過程に、法定相続を想定することは、抽象論過ぎて妥当でない。法定相続は、遺言本来の目的である、遺産の清算とは全く無関係である。遺言の執行の結果として、受遺者に権利が帰属するわけではない。と言っています。

こちらは遺贈を一つのものとして捕らえる立場で、この立場に立てば、法定相続登記は不要になるはずです。

実際に一端相続人に帰属するとしたら次の疑問があります。
1つは税金面です。
売却の日までは、相続財産の所有権は相続人に帰属したのであれば、その段階で法定相続人に相続税が発生し、次に売却するのですから、法定相続人は譲渡益を得る事になります。そして無償で金銭をい受遺者にやるわけですから、受遺者には贈与税がかかる。全く馬鹿げた疑問点ですが、実体に忠実に課税するとすればそうなるのではないでしょうか。

2つめは売買契約の当事者です。
売買契約締結時の登記名義人は法定相続人となれば、遺言者執行者は法定相続人の代理人として契約を結ぶ事になろうかと思います。しかし、遺言執行者として、この代理権を行使出来るのか疑問です。
この事に関連して一つの先例があります。
遺贈の遺言があるのに、一端法定相続した場合、遺贈登記の前提に相続登記の抹消をする事になりますが、遺言執行者は民法1013条によって法定相続人の代理人ですが、その資格では抹消出来ない。法定相続人の関与が必要とする先例です。今回の様に、売買契約を結びその登記をする事は、結果において法定相続人の相続した持ち分は無くなる点については、抹消登記の場合と似ています。ですから法定相続登記を一端した場合、法定相続人の関与無しに遺言執行者だけで、先例が言うように売買契約が当然に出来るのでしょうか。

3つめは遺言執行者がその権限で法定相続登記が出来るのかという事です。
今回の事例の場合、遺言者花子の相続の後に法定相続人の乙野太郎が死んでいます。ですから。その相続登記も必要になるはずです。花子の遺言執行者なのに、全く別の相続に当然に関わる事が出来るのでしょうか。

4つめは、清算型包括遺贈の先例が「債権的効力だから相続人に一端所有権が帰属したと考えざるを得ない」としている点です。

先ほどの4つの事例を比較しますと、今回の1の事例だけが包括遺贈で、それ以外は特定遺贈です。特定遺贈の場合は、物件的効力を持つのが通説判例のようです。すなわち受遺者は遺贈の効力が生じると同時に不動産を当然に取得すると考えられます。相続人に帰属する事は無い訳です。しかし特定遺贈と言っても、物件的効力が生じ無いものもあります。上記表3の、土地の一部の遺贈は、その先例の解説の中で、遺言者の死亡によって債権的効力しか生じないので目的物の特定が必要であるとしています。また農地の場合も遺言者の死亡によっては債権的効力しか生じないとしています。しかし、両者とも法定相続に所有権を帰属させる事無く、受遺者へ直接登記が出来るとしていて一貫性が無いように思えます。
今回の事例の先例も、「一端所有権が帰属したと言わざるを得ない…」と、いささか歯切れが悪い表現をしています。実体として帰属しているよりも、登記手続上の便宜上の解釈に私には思えます。確かに登記手続の流れはその方が便利です。

しかし、中間省略登記が禁止されている理由は、実体の流れに登記手続きを反映させるという考え方からです。もし、実体という流れを解釈上で作り上げているのであれば、中間省略登記の問題ではなくなるはずです。私は一体として行われている遺言の執行過程に便宜形式的な時系列をうち立てているようにしか思われません。ですから、法定相続登記をすることなく、売買による所有権移転登記が出来るものと判断しました。(但し先例の変更はなされていない)

5 一口コメント

今回の花子さんの様に、身よりの無い一人暮らしの方が、お世話になった方々の恩に報いたいと考えた時、唯一の財産である土地建物を処分して現金で分配するという内容の遺言は現実的な遺言ですし、今後この様な遺贈は増えるのではないかと思います。
この様な遺言がなされた場合、売買登記の前提に相続登記が必要になります。
法定相続人を一切関与させる事なく、この法定相続登記が出来ますが、その登録免許税は負担しなければなりません。遺言者の意思を実現するために、実体のそぐわない過大な負担が必要なのでしょうか。
負担をかけても、中間の法定相続人に利益があるかと言えば、全くありません。中間者に保護に値する利益が無い場合、中間省略登記を有効と解する判例もあるわけですから、今後この先例が変更される事を望みます。