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はじめに 桜の満開の季節を迎えました。 これは、特別な欲求ではなく、わたしたちが普通の生活の中で、普通に思う願いではないでしょうか。こんな願いは、一生涯続けて行くことができるでしょうか。 日本は今、世界のどの国も経験したことのない早さで、どの国も経験したことのない超高齢社会を迎えようとしています。この急激な高齢化にはいくつかの要因があります。一つは出生率の低下、一つは平均寿命の延びというものがあります。人生50年といわれていた時代とは違い、70歳、80歳もまれではなくなりました。 しかし、年を加える毎に、身体能力が徐々に低下してゆきます。足が不自由になったり、腰が痛くなってきたりもします。こういうことは避けられないものです。また、記憶力や物事を判断する能力というのも低下して行きます。物忘れが激しくなったり、新しい情報を理解する力がなくなって行きます。 この高齢社会では、様々な能力の衰えを、他人事ではなく、自分のこととして考えなければならないのではないでしょうか。 判断能力が十分でないという点から考えれば、年をとることと同様に、知的障害を持った方や、精神障害がある方にとっても普通に生活して行くという願いは同じはずです。 様々な能力が低下しても、できるだけ自分らしく暮らして行きたい、仮に老人性痴呆症などで「ぼけ」という症状がでてきたとしても、今まで通りの生活を続けたい、そう思うのは私だけではないはずです。 これは「成年後見制度」と呼びます。成人の人に対する後見制度です。この成年後見という新しい制度をよく理解して、自分なりの使い方を考えてみる、また、自分の親や、友人・知人がこの制度を使った場合を考えてみることが必要なのではないでしょうか。 これから、約30分間、私から、まず、改正民法のポイントを5つあげてみます。次に、この改正された成年後見制度はどのようなケースで使えるのかをお手元にある図や表を使いながら、具体的にイメージしてみます。今回は、この民法改正の目玉でもある「任意後見制度」「補助類型」というものに焦点を絞って解説して行きます。そして最後にこの制度を利用する上でのキーポイントを考えてみたいと思います。 パート1 民法改正のポイント では、今回の改正でどんなことが変わるのか。改正される点を5つ最初にあげて、改正内容の全体像を把握してみましょう。 一つ目は、現在の禁治産制度及び準禁治産制度を改正して、補助類型・保佐類型・後見類型という3つの類型の制度にします。 禁治産制度というのを皆さんご存じのことと思います。この禁治産の「禁」という字は禁止するの禁、「治」という字は政治の治、治めるという字を書きます。そして「産」は財産の産です。財産を治めるのを禁止する制度です。これは、判断能力が十分でない人を保護するための制度ですが、硬直的で利用しにくい制度となっています。 多種多様な判断能力のレベルにあわせて、柔軟で弾力的な利用しやすい制度に代えて行くことが求められています。これからの高齢社会において十分な対応ができるよう、また障害者福祉を充実させてゆくために、禁治産・準禁治産という二つの類型をやめて三つの類型に改正されようとしています。 改正ポイントのふたつめは、後見人の義務として「身上配慮義務」いわゆる身の回りの世話についても配慮しなければならないということを定めました。それとともに「本人の意思の尊重」というのが加わりました。 そこで、後見人が職務を行うとき、代理する権限を行使したり、同意する権利や取消をする権利を行使するときには、本人の福祉を考えて、本人の身上に配慮しなければならないこととしました。 改正ポイントのみっつめは、複数の成年後見人と法人による成年後見人という新しい二つの制度を定めました。 これまで、「後見人」(いわゆる保護する人)は1人しか認められていませんでした。数人の後見人がいると意見の対立が発生するので、後見事務に支障をきたすというのがその理由です。しかし、これからの後見事務というものは、そういうものではなくて、財産上のものもあれば、身の回りの世話のようなものもあって、それぞれの分野の専門家が分担してチームを組んで、後見制度を利用する人のいろいろなニーズに応えようというものです。 また、これまで法人が、後見人になることは認められてきませんでしたが、社会福祉事業等を行う法人や社会福祉協議会などが組織的に後見事務を行うことがふさわしい場合が考えられます。例えば、身寄りがなく、後見人の候補者を捜すことが困難な場合などです。このようなときは法人が受け皿となることが必要になってきます。今回の改正点できちんと法律に定めることになりました。 改正ポイントのよっつめは、「任意後見制度」というのが新しく作られます。 これまでの禁治産・準禁治産は、その人の持っている能力を奪って本人を保護するという内容の制度でした。判断能力が低下してからしか利用できませんでしたので、自分自信が選択して、これらの制度を利用しようという人はほとんどいませんでした。これからは、いつ事故によって障害をおったり、病気によって痴呆の症状が出てくるかわかりません。そういった事態に備えて、自分のためにしてくれる後見人を事前に準備しておく必要がありそうです。 これを可能にするのが「任意後見制度」です。この任意後見制度は、あらかじめ判断能力が十分なうちに公正証書で契約書を作成しておき、自分が選んだ後見人に判断能力が低下した後支援してもらおうというものです。 改正ポイントのいつつめとして、登録制度を新たに創設したことがあげられます。 現在の禁治産・準禁治産の場合は、家庭裁判所から禁治産宣告を受けると戸籍に記載されます。戸籍が汚れるといって嫌がる人が多いため、よほどのことがないと利用しない制度でした。そこで、改正法では、新しい登録制度を設けます。「成年後見登記制度」といいます。法務局が登録センターとなって、成年後見の登録をします。そしてその人が登録されているのかいないのかを証明書で確認できることになります。この証明書を請求できる人は、本人や成年後見人など一定の人に限られので第三者は取得できません。プライバシーの保護の面も考慮されています。 以上五つのポイントをみてきました。ではここでもう一度おさらいしておきましょう。 この五つの点が改正のポイントです。 この改正にされるにいたった背景をみてみますと、次のことがいわれています。現在の禁治産・準禁治産というのは、判断能力の十分でない人の権利を擁護するという観点から、「本人の保護」を基本的な理念として、同時に取引の安全にも配慮した制度でした。 この民法の改正によって、現在の禁治産・準禁治産の使い勝手が悪い部分が改良され、使いやすく、また利用する人の気持ちを最大限尊重できる制度になった、そのための工夫がなされたといえます。
パート2 チャートでつかむ成年後見制度 では次に、新しく改正される予定の成年後見制度を、どのような場合に利用できるのかを、もっと具体的にイメージしてみることにします。 お手元に資料としてお配りしてある「チャート式成年後見法」をご覧下さい。 今回は、判断能力の低下の中でも、「痴呆」「ボケ」という状態に焦点をあててみました。痴呆の症状が出てきた場合に、この成年後見制度の利用できるパターンを図解してあります。ご自分自身のこととしてお考えになってみて下さい。 まず、一番上、1の「私は元気 何でも決められる」と書いてあります。皆さんは、どうですか。 最近は、テレビや新聞紙上でも、痴呆になった人の財産上のトラブルが後を絶ちません。悪徳商法にだまされたり、必要のないものを買ってしまったりということもたびたび報道されています。「ボケ」ても経済社会の中で生きて行くためには、ある程度予防措置を講じておく必要がありそうです。ここで、先程お話をした任意後見制度を利用することができます。「任意後見契約」というのを結んで、ぼけたあとのことを、あらかじめ信頼できる人に頼むことができます。「ぼけたあとの代理人」です。「任意後見人」という呼びかたをしますが、この人は、信頼できる人で自分の好きな人を選んでおけます。自分の家族でもかまいませんし、昔ながらの友人や知人、あるいは日頃世話をしてくれる近所の人でもかまいません。 この信頼できる人、「任意後見人」に自分がぼけたあと、どのように暮らして行きたいかを伝えて、代わりにやってもらうことを約束しておくわけです。たとえば、日常生活をして行く上での電気ガス水道といった公共料金の支払いや、買い物をするときの金銭の支払い、あるいは、年金やアパート家賃を管理する、こういったものを代わりにやってもらうわけです。自分でやるには、ちょっと自信がないから、代わりにやってもらう、代理してもらうということを、あらかじめ、任意後見人との間で契約しておく、約束しておくことができます。 その横の代理権の範囲をみて下さい 任意後見人は、自分の信頼できる人を選びますが、もしかしたら不正を働いてしまうかもしれません。あくまでも、他人の財産を管理するわけですから魔が差すことも無いとはいえません。そこで、この制度では、任意後見人の行動をチェックしたり、ブレーキをかけたりする立場の人が用意されています。これを「任意後見監督人」といいます。(後見人の監督役です)任意後見監督人は家庭裁判所で選びます。任意後見契約書の内容に従って、任意後見人がきちんと行動しているか、定期的に任意後見監督人がチェックして、裁判所に報告することになっています。 この任意後見制度はこの改正の目玉です。成年後見制度をすでに取り入れている諸外国でもこの制度はありません。今までの我が国の制度では、ぼけた後のことは、ぼけてみなければわからない、家族にたよるのが最後の望みでした。しかし、この任意後見を利用することによって、いまから自分で準備しておくことができるのです。ぼけた後をサポートしてくれる人を自分で選んでおけるのです。 チャートに戻ります。上から2番目の「2 私は最近少しぼけたのかと思うときがある」をえらんだ場合についてみて行きます。 矢印に従って右側に進んでみますと、「私のかわりにしてくれたり、間違ったときにはだめと言ってくれる人がほしい」と書いてあります。そんな場合には、「補助類型」が選択できます。 家庭裁判所に「補助開始の審判の申立」をすると、家庭裁判所で「補助人」という人が選ばれます。貴方が望む特定の法律行為についてだけ、代理権、代理する権利を与えることができます。例えば、高額な商品を購入したり、土地を売却したりするときにだけ、この「補助人」が代理人として活躍してくれます。自分の代わりにやってもらうわけです。 この制度は、軽度の痴呆・知的障害・精神障害等の状態にある人を対象としています。普段のことは、ある程度自分で決めることができる能力がある人達ですので、難しい契約などをするような時にだけ、ちょっと自信がないから誰かに手助けしてもらいたい、そんな場合にはぴったりな制度です。自己決定、自分で決める権利を最大限尊重してもらい、自分がしてもらいたい行為にだけ、補助人にサポート、又は代行してもらうことができるわけです。 現在の制度では、判断能力が十分でない人は、一律に、「無能力者」として、行為能力を奪ったり、制限したりして、本人を保護するという側面が強かったことは、先程指摘したとおりです。この新しい「補助類型」は、部分的な代理であったり、同意や取消を限定した形で利用できますので、可能な限り本人の希望を尊重して、弾力的な運用ができる制度として期待されています。 さて、次には、皆さんご自身のことではなく、自分の両親のことを考えて、チャートをたどってみましょう。 チャートの中程の3番目「3 父はしっかりしているときもあるけれど・・・」この「・・・」というのは、痴呆の症状がかなり進行している場合のことです。その場合は、その右に行って、「契約などの時に父の代わりに判断してくれる人が欲しい」さらに右に行って、本人も望んでいる。父もそれを望んでいるというのであれば、新しい制度では「保佐類型」が活用できます。お父さんはどうも望んでいないようだ、そんな場合は、そのしたの代理権のつかない保佐類型が使えます。(同意権と取消権のみの保佐類型です。) 最後に一番下の「父はしっかりしているときはほとんどない」これは重度の痴呆の場合を指しています。こんな場合には、その右に行って、「契約などの時に父の代わりに判断してくれる人が欲しい」この場合は、「後見類型」を使うことができます。 時間の都合上、この「保佐類型」「後見類型」についての説明は、省略させていただきますが、一つだけ覚えておいて下さい。それは、今までの禁治産・準禁治産とは違うんだ、ということです。成年後見制度全体が、「ノーマライゼーション」「自己決定権の尊重」という新しい理念を諸外国から導入したことによって、システム全体を作り直し、戸籍への記載をなくしたり、後見人、保佐人に「身上配慮義務」などをかすことを律上明記しました。次のような規定が民法上定められます。 「成年後見人は、その権限を行使するにあたって、本人の福祉を旨として、本人の意思を尊重し、かつ、自己の権限の範囲に応じて本人の身上に配慮しなければならない」という規定です。今までとは違った運用が可能になるはずですし、そうしてゆかなければなりません。 ではここで、今回の改正で新しくできた「任意後見制度」と「補助類型」の利点、メリットをもう一度確認しておきましょう。 任意後見は、「ボケ」が始まる前に、あらかじめ日常の生活に関する様々なことを契約しておくことができます。そして、ぼけたら任意後見人が裁判所へ申し立ててくれて、サポートが開始します。判断能力が低下する前の段階であらかじめ準備しておくのに最適な制度です。 補助類型は、あらかじめ準備しておかなくても、少しぼけがでてきた段階で、さてどうしよう、補助人についてもらいたいなあ、と考えて、自ら申し立てる、或いは家族が申し立てをすることができます。そして家庭裁判所が判断をしてサポートが開始されます。判断能力が低下している段階でも、もっている能力を最大限生かして、サポートを開始することができます。 パート3 新しい制度の利用にあたって 最後になりますが、この制度を支えるものについて考えてみます。 この成年後見制度は、判断能力の低下を他人の能力で補って、人として普通な生活、ノーマルな生活を送って行くことができるようにするものです。任意後見人の判断能力や補助人の判断能力をかりることを制度的に確保します。臓器移植のように、能力を移植する、あるいは精神を移植する、とでも表現できるかもしれません。 補おうとする判断能力は、日常の生活であったり、療養看護といった身の回りの世話であったり、財産管理であったりするわけです。低下した能力を様々な角度からフォローして行く必要があります。実に多様ないろんな形でのサポートが必要ではないでしょうか。それらの中で、この成年後見制度は、どの範囲まで補うことができるのかは、これから試されてくるでしょう。任意後見人や補助人が、一人ですべてをカバーしきれないということが多くでてきそうです。ある部分では家族が、ある部分では地域社会やボランティアが、そして部分的には専門家の関与が必要になってくるでしょう。様々な人が自分の得意とする分野で関与して行くことが求められてきます。みんなでこの制度を支えてゆくことが何よりも大切になってくるはずです。 先程、今回の改正のポイントで、成年後見人は複数いてもよく、また法人でもよくなったと申し上げた点などは、この理念をよく反映しているといえるでしょう。 今まで効率的なものが優先されてきた社会から、効率的でないものでも尊重される社会へと、社会のパラダイムが転換しようとしているのです。「思考の枠組み」を大きく変換するものです。おそらく新しい制度は、今までのものよりも、手間がかかる、お金がかかることでしょう。でも、それらを受け入れることが成熟した社会なはずです。そして、私達の社会は、既に、そうした「成熟社会」になりつつあるのではないでしょうか。 今の社会を生きる私達は、この成年後見制度を、利用する自分自身の問題として捉え、一方で、この制度を支えるメンバーの一員という意識を持ちながら、みんなで積極的に成年後見制度を活用して行くことが求められているのです。 以上、改正民法をかいつまんで説明させていただきました。 さて、皆さん、 この新しい成年後見制度が、従来のものとくらべて、使い勝手の良い制度になりそうなことが、おわかりいただけたでしょうか。 では、ここから、約1年半後の、西暦2000年、平成12年9月にタイムトリップして、ある不動産取引の場面を想定した寸劇を、ご覧いただきます。 果たして、この成年後見制度は、上手く機能するでしょうか。 早速、私と一緒に取引の現場に行ってみましょう。 銀行の応接室に場面は移ります。 |