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{はじめに}

 1996年10月6日午後5時、視察団はオンタリオ州トロントに到着した。最初の視察地バンクーバーから約5時間の空の旅であった。5時間といっても時差が3時間あり、午前9時にバンクーバーを出発しており、丸一日が移動に費やされる結果となった。ちなみに大陸横断鉄道による列車の旅となると、カナダを西から東に横断することになるわけで、丸5日間の旅となるとのことである。これだけ離れていれば外国に来たような気さえする。実際カナダは連邦国家であり、各州の独自性が強く、法律も異なっている。成年後見制度に関しても前視察地のブリッティシュコロンビア州は成年後見制度がこれから施行されようとしている州であり、ここオンタリオ州は施行されて間もない州、次の訪問地ケベック州はすでに施行されて何年かが経過した州である。法体系からすれば、ブリティッシュコロンビア州、オンタリオ州はコモンロー、ケベック州は大陸法であり、異なる成年後見制度が同一国内に存在すると言って良い。

{オンタリオ州における調査対象}

オンタリオ州には、いわゆる成年後見制度に関する法律として、the Substitute Decisions Act(代行決定法 以下S.D.Aという) という法律がある。
 このS.D.Aを調査する事にした訳であるが、この法律は、1992年成立し、1995年施行された法律であり、成年後見制度に関する法律のなかでも最も新しい法律であり最新の考え方が反映していると思われる事。内容的にも注目すべき特徴をそなえている事。実際に施行されて約1年半が経過しており、運用した上での問題点等が聞けるのではないかと思われる事等、今後、司法書士財産管理センター構想をすすめる上で意義のある事であろうと思われた。
 幸いS.D.Aの条文は事前に入手する事が出来、委員会で詳細な検討をかさねる事が出来た。我々の受け入れ先のCassels Brock & Blackwell法律事務所に、希望した視察内容は次の様なものであった。

1、S.D.Aの内容
(1)この法律の背景
(2)内容
(3)運用状況96年改正について
以上については、Cassels Brock & Blackwell法律事務所において、実際にS.D.Aの立法を担当し、今年4月に退官した元法務総裁庁高官、法律事務所の弁護士よりお話を伺った。

2、S.D.Aの特徴的な事柄
(1)Adovocacy Commission(代弁委員会)
(2)Public Guradian and Trustee(身上財産公後見人 以下P.G.Tという)
(3)Capacity Assesment Office(能力判定事務所)及び能力判定方法

以上(1)についてはCassels Brock & Blackwell法律事務所において元代弁委員会委員であり現在政府の福祉行政担当者、(2)(3)についてはOffice of public guradian and trustee(身上財産公後見人事務所)いおいて所長等にお話を伺った

3、S.D.Aの周辺にあるもの
(1)裁判所
(2)信託会社
(3)登記所
(1)については裁判所で裁判官に(2)についてはロイヤルトラスト社において(3)登記所においてお話を伺った。ここでは、「1S.D.Aの内容」ついて記載し「2、S.D.Aの特徴的な事柄」「S.D.Aの周辺にあるもの」については後編で記載する。

{オンタリオ州のS.D.A}

1、S.D.Aの内容
(1)背景
 オンタリオ州では1979年にContinuing Power of Attomey(以下C.P.Aという)が成立していた。オンタリオ州の様なコモンローにおいては本人の意志能力が喪失すると代理権はその時点で消滅するとされているが、このC.P.Aの成立により意思能力喪失後も代理権を存続させる事が出来るようになった。しかしながら、国連の「精神薄弱者権利宣言」(1971年)「障害者権利宣言」(1975年)にみられる、出来る限り通常で完全な相当の生活を享受出来る権利、いわゆるノーマライゼーションの考え方からすればまだまだ不完全なものであった。また、社会の高齢化がすすみ、通常の能力があった人が高齢化によって能力を喪失することが現実的な身近な問題となった。

 S.D.Aはこのような状況の中で、財産管理や身上ケアが自分で出来ない成年者に代わり、その財産管理及び身上ケアに関する決定をしていくための法律として成立した法律である。

(2)内容
 日本ではS.D.Aと類似の制度として、禁治産制度がある。両者とも、能力が充分で無い人の代わりに決定する人を決める事になるが、日本の禁治産制度とS.D.Aは似て非なるものといっていいであろう。禁治産制度は財産取引の観点から、無能力者の財産の保全を目的にしており、一方S.D.Aは無能力者を排除するのでなく、出来る限り通常で完全な相当の生活を享受出来る権利を確保し、自己決定権を尊重し、無能力者自身の保全を目的にしていると言えるのではないだろうか。このことから、S.D.Aは単に財産取引に関して無能力者の後見人を定めるのではなく、いわば身の回りの世話といった身上的なことがらについても無能力者にかわって行う後見人についても規定している。

 S.D.Aは、後見人について規定しているが、日本の禁治産制度と違い裁判所が選任する後見人だけでなく、その登場の仕方によって、何種類かの後見人のスタイルを持ち、それぞれについて、その開始、終了、権能、義務等が93条にわたって、詳細に規定されている。ここでは後見人の種類を次にあげそれを通してS.D.Aの内容にふれたい。

後見人の種類

@財産管理、あるいは身上ケアに関して能力があるうちに、あらかじめその能力喪失後に備えて選任される代理人(attorney 代理人)。
 代理権授与状に「C.P.A」であると明記することによって能力喪失後も代理権が持続し、選任された代理人が本人の後見を行ない(遺言書の作成を除き)決定出来るようになる。身上ケアについては、部分的に代理権を与えることが出来、たとえば衣服についてのみ後見してくれる人を選んでおくことも出来る。C.P.Aを廃止したい場合は、その旨の文書をつくらなければならない。

A財産管理能力に疑いがある場合、選任される後見人(statutory guardian of property 法定財産後見人)。
 assessorといわれる判定者が能力判定を行い無能力証明書に署名する事により、行政組織の一部とも言えるP.G.T(P.G.Tの詳細は後編参照)が後見人になる。人の能力をassessor(判定者)が判定することになるわけで、そのため、明確な独自の能力判定基準が設けられており、訓練が行なわれている。また、@によって選任された代理人、配偶者等はこの.G.Tにとって代わって後見人になることが出来る。

B財産管理能力を持たず、その結果代わって決定する必要がある場合に選任される後見人(guardian of property 財産後見人)。及び、身上ケア能力を持たずその結果代わって決定する必要がある場合に選任される後見人(guardian of person 身上後見人)。ま、guardian of property(財産後見人)の場合で緊急を要する場合に選任される後見人(temporary guardian of property 暫定的財産後見人)。

 これらは裁判所が後見人を選任する場合である。たとえば無能力者と取引しようとしている者は、@またはAによる後見人がいる場合であってもguardian of property(財産管理人)の選任を申し立てる事が出来、これが選任されると、@またはAによる後見人の権限は消滅する。
 特に、財産管理能力が無い場合で、緊急を要する場合には選任される後見人temporary guardia of property 暫定的財産後見人)は、public guradian and trustee(身上財産公後見人)に通報することによって、public guradian and trusteeが裁判所に自らを財産後見人に選任するよう申し立てをして90日以内での暫定的な財産後見人となる。

@は任意後見。Aは裁判所が関与しない法定後見、Bは裁判所が関与する法定後見である。@Bについては財産管理、身上ケアの両方の場合がある。オンタリオ州におけるS.D.Aでは、@が原則である。あらかじめ、その様な者がいない場合等のためにAの法定後見人が用意されており、実際に取引等する場面で前2者では不適切と思われる場合、紛争がある場合はBで裁判所が判断する事になる。裁判所にまかせるというのは、ラスト・リゾートと考えている。たとえば無能力者が息子と娘を共同後見人に選任しており、何年か後に息子と娘は何に関しても争うような関係になってしまったケースなど、他の者を選任した方が良いと思われる場合に裁判所が判断することになる。条文上は@の場合P.G.Tの同意があればP.G.Tを代理人に選任出来ることになっているが、実際のところ官的要素をもったP.G.Tは同意しない事にしているとの事であり、身近な子供、兄弟が後見になるケースが多い。

(3)運用状況96年改正について

改正が行われた事を知ったのは出発の2ヶ月ほど前であり、施行後1年で改正が行われた事は驚きであった。それまで委員会で検討するなかで、この法律の大きな特色、Adovocacy Commission(代弁委員会)という制度があり、一大関心事であった。今回の改正でこの部分が削除されたとのことである。代弁委員会についての詳細は後編に譲るが、法定後見人がえらばれる時、能力に疑いがある人に面会し、後見人が選ばれる意味等を説明し、拒否するか否か確認する、いわばアドバイサー的な役割を担ったAdovocate(代弁者)が活躍していた。最も斬新で他に無いAdovocacy Commission(代弁委員会)がたった1年で削除されたが、これは今年4月の選挙による政権交代と、財政面の縮小によるものである。現政権は家族を中心とする考え方をもっており、Adovocate(代弁者)の役割も家族が演じるべきであると考えている。日本と違い家族のつながりがほとんど無いカナダにおいて、この考え方は現実的では無いと感じる。成年後見制度の理想的な姿を一度は実現したが、政治的、金銭的面等から一歩後退したといって良いと思うが、かつて、このAdovocacy Commission(代弁委員会)について反対していた人々も今では再検討を願っているとのことであった。

月報司法書士掲載

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