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パラオGTフィッシング2001釣行記四月

2001年4月24日 パラオ・パシッフィック・リゾートの桟橋でボートを待つこと10分。午前9時05分にメイフライは着いた。
パラオGTフィッシング・釣行記・PPR桟橋
PPRの桟橋でボートを待つタックル
今日は、ノーザン・ウェスト・リーフに向かう。コロールから約1時間20分の行程だ。昨日のペリリュー島では、スコールの連続で快適な釣りはできなかったが今日はなんとか天気も持ちそうだ。
パラオGTフィッシング・釣行記・マダラトビエイ
目の前で華麗に飛ぶパラオの女神









   







キャスティングを繰り返して、1時間くらいたった頃だったと思う。左舷90度に3人がキャスティングをしていると、船端から3メートル位のとことで、イーグルレイ(マダラトビエイ)が2メートル近くジャンプした。小紋柄の背を全てこちらに向けて飛ぶ姿に圧倒されて、僕らはキャスティングを止めた。時間が止まった瞬間だった。我に返ってキャスティングを始めようとすると、ガイドのタミーは、「ストップ!」と叫んだ。「どうして?」と聞くと。タミーは「恐い」とだけ答えた。後で聞いてみると、このエイは、パラオの海の女神だそうだ。イーグルレイに遭うと幸運に恵まれるが、それに危害をくわえようとすると、必ず不吉なことが訪れるそうだ。
それにしても、我々の目前に綺麗な斑点の背を全部見せてくれた女神はとても美しく、まさしく女神であろうと思われた。女神は何を暗示しようとしたのか?と必要以上の感慨を残した。
パラオGTフィッシング・釣行記・GT
その直後に釣り上げた23KのGT
パラオGTフィッシング・釣行記・モニュメント
難破したアンテロープ号のモニュメントと
偶然通りかかった原住民
(実はキャプテン・ジャスティン)

その後、女神に祝福された船上に7匹のGTが上がった。現在のパラオで一日に20Kオーバーを含む7匹が上がるのは、奇跡に近い。
パラオGTフィッシング・釣行記・ウーロン島
ウーロン島ビーチでの昼食後のひと時



















現地の人によると、今から約3500〜4000年前、もっと南の島の住民が、船でパラオのペリリュー島にやって来たそうだ。古代人は北上して、このウーロン島の山の上にも住居の跡を残した。見たい気もしたが、蛇が出そうなジャングル山を登るまでの気力がなかったので、違う時代のモニュメントだけを見学することにした。(ビーチのちょっと奥の、投げると音のする実を付ける木の下にある。)
1783年8月、ヘンリー・ウィルソン率いる東インド会社のアンテロープ号は、マカオからイギリスへ戻る途中、嵐に巻き込まれてウーロン島沖で座礁した。ウィルソン船長と乗組員はコロール島の酋長のひとりであるイベドゥルの援助のもと、3ヶ月をかけて新しい船を完成させた。彼らは完成した船をウーロン号と名付け、同年11月にマカオに向けイベドゥルの息子レブー王子と共に出港した。その後、王子は、イギリスで天然痘のため死亡したが、ウィルソン船長は彼の遺品と貢物を持ってイベドゥル酋長のもとに戻った。それ以降、銃火器を含むヨーロッパの国々の文明がコロール島を中心に伝わった。日本の種子島に鉄砲が伝来されてから、240年後のことである。織田信長が鉄砲を使って天下を統一したのと同じように、イベドゥルも西洋の文明の利器を使ってその勢力を拡大した。いわば、ウーロン島は、パラオの種子島であろう。




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